新型コロナの感染拡大は、社会のあり様、人々の暮らしを大きく変化させました。ヒト、モノ、カネ、情報が世界へ、全国へと移動することで発展してきたグローバル経済は、一転してヒトの移動を止められ、モノの流通が滞る社会へと変化。経済成長がマイナスに向かい、不確かな情報だけが人々の不安をかきたてるように世界中を飛び交うようになりました。そして、「STAY HOME」を強いられた人々は、当たり前に通勤していた会社や工場、施設を離れ、在宅での勤務、情報機器、ネットワークを活用したリモートワークを日常化しつつある、それが2020年の春以降に顕在化した社会の様相です。
コロナ禍で生まれた働き方の変化ですが、別な見方をすると、ここ数年にわたって社会的な関心を集めてきた「働き方改革」を後押しするきっかけにもなりました。
働き方改革というと、「労働時間の上限規制」や「有休義務化」「均等・均衡待遇」といった点にばかり目を向けがちですが、そもそもは、少子化、とりわけ労働人口の減少を見据えながら、多様な働き方を推進することを企図した施策。「処遇改善・長時間労働是正・労働生産性の向上」「柔軟な働き方の推進」「多様な人材が活躍できる環境整備」という3つの柱をもとに、下記のような「実行計画」がまとめられています。
〔「働き方改革」が検討を求める9つの分野〕
1.非正規雇用の処遇改善
2.賃金引上げと労働生産性の向上
3.長時間労働の是正
4.柔軟な働き方がしやすい環境整備
5.病気の治療、子育て、介護等と仕事の両立、障がい者就労の推進
6.外国人材の受入れ
7.女性・若者が活躍しやすい環境整備
8.雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定化させない教育の充実
9.高齢者の就業促進
このうち、1や3については、同一労働同一賃金を確保する法制度の構築や、時間外労働の上限規制の導入、有休義務化といった法改正によって逐次改革が始まっていますが、4の「柔軟な働き方がしやすい環境整備」については、個々の企業の裁量に委ねられたため、なかなか進展しないという課題がありました。それを新型コロナの感染拡大は、「STAY HOME」を旗印に企業・働く人々に強い、「テレワーク」「リモートワーク」の推進という形で、一気に改革を加速することになったのです。
2016年、厚生労働省は「働き方の未来2035~一人ひとりが輝くために~」という報告書をまとめ、発表しました。これは、将来を人口減少や少子高齢化といった「負」の側面だけで見るのではなく、AIやロボットといった技術革新の進展から「未来の働き方」を展望しようというもので、つぎのような世界が到来すると予測しています。
〔一人ひとりが輝く2035年における働き方〕※一部要約
1.時間や空間にしばられない働き方
・自分の意思で働く場所と時間を選べる時代
・働いた「時間」ではなく「成果」に基づく評価がなされる時代
2.より充実感がもてる働き方に
・「お金」だけでなく、「社会貢献」「自己の充実感」のために働く時代
3.自由な働き方の増加で企業・働く人が変化する
・ミッションや目的が明確なプロジェクト単位で仕事をする時代
・「正社員」や「非正規社員」の区分が意味をもたなくなる時代
・働く人が働くスタイルを選択。複数のプロジェクトに参加する時代
・兼業や副業は当たり前。「就社」から本当の意味で「就職」する時代
4.働き方の変化がコミュニティのあり方を変える
・企業が担ってきたコミュニティの役割を地域が担う
・SNS等を利用したバーチャルなコミュニティが重要な位置を占める
・労働組合も、企業別・業種別から職種別・地域別の連帯を重視したものに
5.世界と直接つながる地方
・ITの進展で、地方に根ざした豊かな人生を送ることができる
・地方都市、地方に住む人々が直接海外とつながる(グローバルからグローカル)
6.介護や子育てが制約にならない、すべての「壁」を超える社会
・AIやロボット化によって、介護や子育て、家事などの負担から解放
・自分の判断で、介護や子育てに時間を割いたり、仕事を休んだりできる
・性別、人種、国籍、年齢、LGBT、障がい等のすべての「壁」を超えられる
もちろん本報告書は、バラ色の未来を描いているだけではありません。ロボットによって代替される仕事も少なくないこと、それによって職場を奪われる人々が少なくないことも指摘しています。しかし、AI、ロボット工学といった技術革新が、柔軟な働き方だけでなく、人口減少をはじめとしたさまざまな社会課題を解決するツールとして可能性を秘めていることは事実であり、私たちは今、コロナ禍の困難に直面しつつも、将来輝きながら働くための壮大な実験にとりかかっている意識を持つべきだと考えます。
人間は、長い歴史の中で、さまざまな改革・革命を経験してきました。狩猟・農耕といった第1次産業中心の時代から、蒸気機関の発明による産業革命によって機械産業中心の時代が到来。その後、鋼鉄、石油、電気といった多様なエネルギーを利活用した第2次産業革命、そしてデジタル技術を核とした第3次産業革命を実現してきました。
AIやロボット工学、ナノテクノロジーといった技術革新は、第4次産業革命を生み出すことが期待される基盤技術。人間にとってプラスの方向で進化を続ければという前提付きではありますが、人類は新たな次元での進化を手に入れることでしょう。
新型コロナの感染拡大で、人々は多くの不安を抱えて生きています。しかし、いたずらに将来を悲観的に見るのではなく、新たなビジネス環境、働き方の出現をどうやって将来の豊かな働き方につなげられるかを、前向きに考えていくことも重要でしょう。
ピンチはチャンス。今の新型コロナが終息しても、次なる感染症が出現するだろうといった予測もある中、楽観的すぎる考え方かもしれませんが、今が厳しい状況だからこそ、常にチャレンジ精神を持って、世の中の変化に対応したいと思います。なぜなら、そうしたいい意味での“いい加減さ”が、「with感染症」時代の生きる知恵になるはずですから。